120rpm

ミル、キク、モノ、コト

『唐茄子屋政談』は最後まで聴きたい

情噺とは、その頃の常識を語る噺である。


商家の若旦那(東京では徳兵衛、上方では万蔵)は、道楽が過ぎて勘当され、親戚を頼っても相手にされず、友人からも見放され、橋(東京では吾妻橋)から身を投げて自殺をはかろうとする。そこへ若旦那の叔父が偶然通りかかり、若旦那を押しとどめる。叔父の家で食事をふるまわれた若旦那は、「心を入れ替えました。何でも叔父さんの言うことを聞きます」と約束する。

翌朝、若旦那は叔父に起こされ、「お前は今日から俺の商売を手伝え。天秤棒をかつぐのだ」と命じられる。叔父の職業はカボチャの行商人であった。若旦那はひとりで慣れない重い荷物をかついで歩くうち、転び、カボチャをばらまいてしまい、思わず「人殺しィ!」と叫ぶ。

若旦那の叫び声を聞きつけた人々が集まってくる。若旦那の身の上話を聞いた人々は同情し、カボチャを買う。カボチャは残り2個になる。

通りでは、ほかの行商人たちが売り声を張り上げている。若旦那も負けじと声を出そうとするが、勇気が出ない。ひと気のない田んぼ道で売り声の練習をしているうち、そこが花街(東京では吉原遊廓、上方では新町遊廓)の近所であることに気づき、遊女との甘い思い出に浸るうち、売り声がうた沢の『薄墨』になってしまう。


若旦那は、気を取り直して歩き出す。裏長屋(東京では三ノ輪と設定される)を通りかかり、演者の地の語りによれば「どこか品のある」女に呼び止められて、カボチャを1個売る。若旦那は女に、自分の弁当を食べる場所を提供してくれるように頼み、女は了承する。若旦那が玄関に腰かけると、幼い少年が若旦那に駆け寄って、弁当をねだり始める。少年は、女の息子であった。女は「自分の夫は浪人を経て遠くで行商をしているが、最近は送金が滞っている(あるいは、その夫に先立たれた)」という身の上話を若旦那に聞かせる。同情した若旦那は、少年に弁当を与え、女にカボチャの売上金を押し渡して長屋を去る。

若旦那が叔父の元に帰り、今日あったことを説明するが、叔父は「遊びに使ってしまったのだろう」と言い、なかなか信用しない。若旦那が叔父を裏長屋へ連れていくと、住民が母子の長屋の前に集まっている。聞くと、「八百屋(若旦那)を追いかけた女が長屋の大家に出くわし、溜まった家賃の支払いとして金を取り上げられ、それを苦に心中を図った」という。怒った若旦那は、大家の屋敷に飛び込んで大家を殴り、長屋の住民もそこへ加勢して、大騒ぎになる。

奉行所の裁きの結果、大家は厳しい咎めを受けることになる。母子は、周囲の介抱の甲斐あって健康を回復し、若旦那の叔父の持つ長屋へ身を寄せる。

当の若旦那は、母子を助けた功が認められ、奉行所から賞金を受け取ることになり、実家の勘当も解かれ、のちに商人として成功を歩むこととなる。

唐茄子屋政談 - Wikipedia

志ん生は、を滑稽話に仕立てて聴かせつつ、庶民の人情にホロリとさせる語り。“とうなすや、と~な~す”にフラがある。

圓生は絶品。何度聴いても泣けてしまう。子供を表現させるとめちゃくちゃ上手い(『佐々木政談』の四郎吉なども可愛い)。長屋のおかみさんが死んでしまう型もあるが、圓生は死なせない、それがまた良い。

長い噺なので、で終わらせることが多いが、人情噺としてならば、ぜひまで演じて欲しいなあ。

落語を聴きつつ、江戸の風情を楽しむ。

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